2003年沖縄・先島諸島クルージング
海音号便乗航海記
Part1 沖縄まで

行きたくてもそうそう簡単に行けないのが、日本の西の端。
昨年、北海道一周に乗せていただいた「海音(みお)」(CABO35)に空席があると、
ありがたくも北村オーナーのお言葉に、喜んで乗せていただくことにしました。
6月8日 快晴 
昨夜は敦賀・ファーストハーバーでで近隣の船の人たちと鍋を囲んで旅立ちの宴。
今朝の目覚めは小さな窓から差し込む朝の気配。
真っ青な空が広がって、大急ぎで出港準備。おにぎりと味噌汁の朝食を済ませ、
昨日の宴会の人たちの、眠い目をこすりながらの見送りをいただいて、海音号の
2003年のクルージングが始まりました。

                      出港時の北村オーナー

かすかな東風に乗った霧に包まれて経が岬が姿を見せ、香住、鳥取と懐かしい港
の沖を過ぎ、まだ時間が早いからと、島根半島の七類港に入っての昼食。


30分後に出てみれば、東風は7−8mと力を増していて、その東風に押されるように
船は23ノット=40kmで西に進む。
日の御碕灯台を2時半に通過、かなりの波の中を、がんばってる釣り舟をよけながら
温泉津には思ったより早く4時過ぎに入港できました。
漁協に挨拶に行ったら、どこでも好きなところに止めろ、というありがたい言葉を
もらって、岸壁に悠々と横付けさせていただきました。
係留作業を見ていたおじさんが、今漁師から貰ったばかりの鯵3匹のうち2匹もくれま
した。


温泉津港

温泉津というくらいで、1200年の歴史を誇る名湯で汗を流し、いただいた鯵の叩き
に塩焼き、冷奴で乾杯したらもう、最高のクルージング気分です。
今日はガソリンスタンドが休みで、給油は明朝8時。
ゆっくり寝られそう。
低気圧が九州の南にあって、明日の後半から雨の予報が出てるので、とりあえず大分
の姫島までを目標にしています。
6月8日 21:41 1016Hpa
今日の航程 201マイル 

 

6月9日 晴れのち曇り

8時出港、晴れてはいるけれど、下り坂ははっきりしてるので、
ともかく行けるところまで行ってみよう、とオーナー。
殆ど風がなく、海は凪でパワーボートには最高のコンディション。
11時前には萩を越え、昼過ぎには角島・夢崎を通過。

 

山越えの南東風がかなり強く吹き始め、室津のフィッシャリーナに
入る頃には、一面の白波になってきた。
山の陰でもあるし、関門を越えればまた風は違ってくる。
30分のラーメンタイムで出港、関門を目指すが、大分波立って
時折スプレーをかぶるようになる。
彦島手前から、大きく右に回りこんで門司側を走る。
いつもながら大混雑であるが、足が速いから自由が利く。

関門橋下15:00 抜ければ風も波も収まって、予定通り姫島に
コースを取る。
大分視界が悪くなって、5マイル手前でやっと姫島を視認。
入港したが、なかなか留める場所が見つからない。
右手に新しい船だまりがあるが、とりあえず漁師に声をかけたら、
「奥の船が動かないから横抱きにすればいい」。

係留完了17:30。
船を見に来た漁師さんが、イカをお土産に下さって、明日は北東が
強くて時化るから、ここにいろ、と言う。
予定よりは一日早いし、無理に出ることはない。
風呂は休みだというので、いただいたイカで夕食。

 

 

6月10日 雨 北東10m

予定通り、姫島逗留。
朝、昨日の漁師さんが風呂に送って行ってくれて、また帰りも
迎えに来てくれて。おとうさん、ありがとう。
普段は車えびの刺し網漁をしているとか。今日は時化で出られない。
姫島は歩いて20分で町を一巡できるが、風呂はとてもじゃないが
歩いていける距離じゃない。
大いに助かりました。
昼飯のエビイカ丼はなかなかでした。

 

          姫島の温泉                お世話になった漁師のお父さん方

梅雨前線はちょうど頭の上。明日はちょっときついか。

 

6月11日 曇り
予報通り雨が上がりそうだが、まだ雲が厚い。
ともあれ、風は落ちたし、オーナーの知人の船が大阪から宮崎に向かって航海中という
連絡が来て、どうあっても宮崎あたりまで行っている必要がある。
出港8時20分。姫島で燃料補給が出来なかったので、入りやすい港を探して補給する
ことにした。
このあたりは港は沢山あるので決めにくいが、大きさからいって佐賀関が適当という
ことになって、入港10時半。
町に近い奥の岸壁に止めて、GSを探しに行くが、一番近いスタンドはローリーがなくて
給油不能。フェリー乗り場の近くのスタンドを紹介されて、そちらにシフト。
ここもローリーがなくて、ドラム缶で給油する。
時間を食うばかりで、じれったくていけない。
佐賀関出港11時20分。

佐賀関港口                関岬

豊後水道を南下、12時50分に鶴御崎を越えると低気圧の置き土産のうねりが大きく
なってきた。
巡航速度を維持するのが難しくなり、時折大きく横にすべり、あまりい感じがしない。
この感覚はヨットにはないなぁ・・・
宮崎の手前で大阪からの「ヒビキ」号に追いつかれる。
向こうは48フィート、こちらは35フィート。スピードは二段くらい向こうが上。
ともあれ、二隻で評判のよろしくない「宮崎マリーナ」への進入コースをとる。
このマリーナは、石原都知事が「こんなのマリーナじゃない」とおっしゃったそうだが、
まさにその通り。

 

宮崎マリーナ入港水路 小さな赤ブイをどうやって見つけるかがカギですね。

砂浜に掘割を作っただけのようなハーバーで、防砂堤と入港水路が50mしか空いて
いないし、おまけにそこで120°という大きなターンを切らないと堆積した砂に乗り
上げることになる。
その水路たるやわずか10m、目印の小さな赤ブイを見落としたらお終い。
都知事ならずとも、作った人間の頭の構造を疑いたくなるよ、まったく。
ともあれ、「ヒビキ」と携帯で連絡を取りながら、何とか入港。
16時30分、雨が降って淋しい入港である。
給油を済ませ、コインシャワーで塩を流して食事、といってもこのマリーナは市街地
から遠いので、タクシーで15分も走らなくてはならず、不便なことこの上もない。
いかに設備がよくても、地理的条件が悪ければ利用者はいなくなる。
シーガイアにしても同じ。宮崎ってところは造ってしまえばそれで終わりってところ
なんだろうか・・・
夕食はそのはるか離れた街中で、郷土料理。
冷汁というのが名物らしいが、出てきたものは犬のご飯のようで、なんともねぇ・・・
マリーナへの帰り道、タクシーが何を勘違いしたか、逆の方向に走っていく。
大淀川を渡ってしまって、運転手に「道が違うよ!」といえば、「港じゃないんですね」
全く困ったものだが、料金は1500円で止めてマリーナへ。
ところが夜10時過ぎると暴走族対策からか、マリーナへの道路のゲートが閉まって
歩いていくしかない・・・オーナーと二人、ぼやきながら帰船。
こうしてどうにもならん宮崎の夜は更けていきました。

  

航程 129.7マイル 8時間40分(佐賀関1時間弱)

6月12日 曇り 時々雨
前線上の低気圧が日本海に入りそうで、午後からは南の風が強くなるような
気配である。
屋久島まで100マイル頑張れば、あとは何とかなると、7時50分小雨の
宮崎出港。昨日の狭い水路をおっかなびっくり通過。
よく入って来たと思うよ、まったく。
天気の方は曇り、都井岬まで沿岸を走る。
「ヒビキ」組は足が速いから、我々よりは出港が遅い。
こちらは条件がよくて20ノット平均だが、向こうは30ノット。1時間早く
出ても2時間後には追いつかれる計算である。
それでも平均5−6ノットのヨットの航海とは、格段の差であるが・・・
なにしろ、ヨットでは3日かかるところを楽々と1日で行ってしまう。
ただし、乗り心地は決していいとは言えない。

  

都井岬    種子島北端

都井岬から志布志湾を過ぎて大隅海峡を渡り、平べったい種子島に近寄った
あたりから、南の風が15mくらいに上がってくる。
まだ波はそれほど育っていないが、今航海初めてバウから盛大にスプレーを
浴びて走ることになった。
この南風が梅雨前線の南=梅雨明け近しであるから、ここは我慢のしどころ。
雲が低く、屋久島は海岸しか見えないが、安房港ははっきりとわかる。
1年に366日雨が降るといわれる屋久島、その通り通り雨の出迎え。
安房入港14時。

 

ヒビキと比べると可愛い「海音」である               尾之間温泉

ここは「ヒビキ」組の定宿にしている民宿「鹿の子」で夕食のお世話になる。
風呂は、尾之間温泉というなんとも鄙びた温泉へ、宿の車を借りて出かける。
300円。
夕食を済ませ、船に帰る。
油も水も腹いっぱい、明日は奄美だ。

航程 100マイル 6時間

 

6月14日 曇り
山には雲がかかるが、沖は晴れている。
トカラの島々があるとは言え、ここからが今回の外洋航海になる
わけだ。
止めた突堤の反対側から朝7時に島内連絡の船が出るので、待合所
のトイレを拝借する。まことに都合がいい。
出港7時10分。

 

屋久島は大きいので、なかなか視界から消えてくれない。
このあたりの海は、浅くてしかも黒潮の流れが速いときてるから、
時折悪い波にもまれることになる。
口永良部、諏訪瀬、悪石と島を数えながら奄美の北のサンドン岩を
確認したのが、午後1時半。
なんとか無事に奄美にたどり着いたわけだ。
名瀬港の最奥、漁港の突堤に「ヒビキ」が先着して、その脇に横付け
させてもらう。
入港15時10分。
「ヒビキ」はきちんと航海計画を出していて、私のような行き当たり
ばったりの航海者と違いちゃんと係留許可も取っているので、堂々と
止めていられる。
ヨットじゃ計画なんてあってないようなものだから、初めから許可を
取れという方が無理だけど、やはりパワーボートだねぇ・・・
名瀬はさすがに暑い。やっと長袖から半袖に。
「ヒビキ」組の泊るホテルで風呂に入れてもらい、今航海初の洗濯。

 

夕食は奄美の地鶏の焼き鳥屋で、なんとも美味しい手羽先と有名な鶏飯
をいただく。
もう、ビールはオリオンがある。
普段飲んでも美味しいとは思わないが、やはり気候の違いか、それとも
生ビールだからか、あるいは渇きのせいか、非常に美味いのである。

航程134マイル 8時間

 

6月14日 曇り

フィリピン沖の熱低が台風6号となる。
どこかでぶつかるのは明らかである。
南西諸島のクルージングには付き物と覚悟はしているが、やはり来た
なぁ、という感じで、今後のコースは要注意。
沖縄まで届くか、ということで朝5時、まだ暗い名瀬を出港。
ここは東経129度30分、明石と比べて5.5度=22分遅い日の出。
東京と比べると40分も違う。

名瀬を出たら、いきなり向かい風10mで、スピードは15ノットが
精一杯という状況に、オーナーと相談の結果沖縄まで行くのは無理、と
言う結論になって、奄美と加計呂間の間の古仁屋に入ることにした。
大島海峡に入れば、沖の荒れ具合はウソのように平らな水面が広がる。
古仁屋の港情報を、沖縄の「ハーモニー」・高田さんからいただき、
早速葛西さんに電話すると、岸壁まで迎えに来てくださった。
着岸朝の8時半!
やはりヨットの連絡網というのは凄いもので、後刻葛西さんの工房を
お訪ねしたらヨットの名刺が壁一面に貼られていた。
淡輪の「四天王」や稚内で会った「岳洋」も・・・
葛西さんは小樽の近くの美国の出身で、北海道の話題も尽きない。
車を拝借し、古仁屋の町を走り回る。
風呂屋も近いし、まことに便利なところでありました。
「ヒビキ」は今後の予定もあって、パワーに物を言わせて与論まで
行ってしまいました。

航程 41マイル 3時間半

 

6月15日 晴れ
案の定、台風はまっすぐに石垣から宮古方面に北上の気配である。
海はまだ昨日の南のうねりが残っている。
どこで台風をしのぐか、という問題が残るが、旅の予定もあるし
ヨットのようなのんびりした航海ではない。
オーナーの決定で、とにかく出港して行けるところまで行く。
この海域なら、徳之島や与論に入ることも可能であるから、悪く
ても明日には沖縄に入れるだろう、という結論。
幸い、海も昨日のような荒れ模様ではなく、朝5時古仁屋出港。
7時には徳之島亀徳の沖を通過。
視界はよくないが空は晴れてきて、16ノットで快調に、と言い
たいが、左エンジンの水温がかなり高い。
8時半には沖永良部の東を通り、10時半には与論・茶花と順調に
通過して、11時には辺土岬、やっと沖縄まで無事に到達。

            与論・茶花沖             糸満港口

伊江島の水道では、何年ぶりかのサンゴの匂いに、ああ、沖縄だ!
と実感する。
「ヒビキ」は先行して那覇本港を下見しても、泊には全く余地が
なくて、糸満まで行って台風をしのぐという連絡が来た。
宜野湾は当然断るだろうし、予想された成り行きで、二隻で糸満
に向かう。
狭く曲がりくねった港口も、「普段なら入りにくいなぁ」と文句
の一つも出るところなのに、台風が来るのであれば「これだけ狭
ければ安心だ」に変わるのだから、人間は身勝手なことではある。
糸満入港14時30分。
さすがに梅雨明けの沖縄、やたら暑くて風呂に入ってさっぱりし
たいが、タクシーの運転手いわく、「那覇まで行きんしゃい」
アメリカ湯とかいう、2000円も取られる普通のスーパー銭湯
以下の風呂。
出てみたら、にわか雨が降っている。
夕食は当然沖縄料理屋で、チャンプルに泡盛。
明日から腰をすえて台風対策に取りくもう。

航程 165マイル 10時間30分

先島クルージング編に続く